思想の変遷 ミニマリズムに至るまでの人類の歴史

まえがき

今回は、私がミニマリズムについてどう考えているのかについてまとめようと思います。

狩猟採集時代までさかのぼり、人類の歴史を振り返り、その当時の人々がどのような思想を抱いていたのかについてざっくばらんに解説し、

最後に、なぜミニマリズムが現代社会で最も必要な考え方なのかについてお話しします。

普段とはちょっと違った感じの記事ですが、最後までお楽しみください。

目次

  • アニミズム
  • 唯一神信仰(紀元前3世紀〜18世紀)
  • 資本主義(18世紀半ば〜現在)
  • ミニマリズム(現在〜)

 

アニミズム

狩猟採集時代の人々は、狩りで生計を立てていた。

狩猟採集民にとって動物は身近で対等な存在だった。

彼らは、動物や植物、精霊たちと対話することで、自然と共存していくことが大切とされてきた。

こういった考え方を総称し「アニミズム」という。

アニミズムは、各地で信仰や風習が違うものの、その名残は今も一部の国や地域に残っている。

例えば日本では、夏になるとナスとキュウリを飾り、先祖の墓の掃除をしにいく。

また、冬になると餅を飾り、年が開ける頃には、神社を参拝する。(神道)

こうした風習もアニミズムの一種だ。

 

唯一神信仰(紀元前3世紀〜18世紀)

次に農耕時代の人々は、作物や家畜を育て、生計を立てていた。

農耕民にとって、植物や動物は人間以下の存在であり、人間以下の存在と会話したり、崇めたりすることは不要だった。

すでに動物も植物も自分達によってコントロール可能な存在だったからだ。

だが依然として、予測不可能な要因、例えば洪水や干ばつといった自然災害を嫌った。

だから一つの神を作りあげ、豊作を願い、祈りを捧げ、自然災害から守ってもらおうとした。(ユダヤ教など)

だが、残念なことに神は気まぐれな性格であったため、人々の期待は度々裏切られた。

人々は気まぐれな神になんとかお願いを聞いてもらうために、神と人の通訳を欲した。

のちに「イエス・キリスト」や「ムハンマド」といった有力な通訳者が生まれ、それぞれが神の教えを人々に伝えた。

人々は神の教えを守ることで、自分たちの願いを聞いてもらおうとした。

 

やがて、村から都市へ、都市から国家へと、人々の群れは単一にまとまってきた。

とりわけ影響力を誇ったのは、ローマ帝国とイスラム帝国だ。

ローマ帝国はイエスの通訳を信じ、キリスト教を国の文化として取り込んだ。

イスラム帝国はムハンマドの通訳を信じ、イスラム教を国の文化として取り込んだ。

それらの宗教は、たびたび戦争の口実としても利用された。

ローマ帝国やイスラム帝国は、強大な軍事力を背景に、各地を侵略し、支配した。

やがて帝国が解散した後も、宗教は依然として、その土地の文化として残り続けた。

帝国の跡地には新たな国家が築かれ、人々はまた国家同士の戦いに明け暮れた。

やがて、科学の発展が進むと、人々は次第に気まぐれな神ではなく、揺るぎない法則によって成り立つ科学に信頼を置くようになった。

 

資本主義(18世紀半ば〜現在)

18世紀半ばには、イギリスで産業革命が発生した。

産業革命は他の国にも伝播した。

その結果、特に力をつけたのが、イギリスとフランスだった。

彼らは、金や産業が自国の優位性に影響することをすでに知っていた。

その優位性を背景に、世界各地を次々に支配していった。

 

やがて19世紀になると、二度の世界大戦が勃発した。

多くの人が死に、生き残った人々は飢餓や物不足に見舞われた。

その結果、人々は考えた。

戦争の主な原因は貧しさからきている。

もう貧しいのはごめんだ、と。

また、ある人は、いざとなった時に優位な立ち位置につけるかは、資本で決まるのだと思っただろう。

そして、人々はこう結論づけた。

大切なのは「金」と「物」なんだと。

これが、資本主義、ひいては大量生産大量消費の考え方に結びつくことになった。

 

ミニマリズム(現在〜)

現代人は世界大戦が終わってからというもの、たくさんの物を生産し、金を稼ぎ、その金で物を買うことが良しとされてきた。

物を手に入れることが幸せなことなんだと、企業やメディアはそろって主張した。

もちろん、最近まで私たちもそう思っていた。

21世紀現在、物による弊害に気づき始めた人がいる。

彼らは言った。物がないのは不便だが、どうやら物が多すぎるのもかえって悪影響を及ぼすらしい。

生活から無駄を取り除き、自分にとって本当に大切なことにフォーカスすることが重要ではないか、と。

彼らの主張は「ミニマリズム」として、ごく最近になって広まった。

 

ミニマリズムが特に流行っているのは、日本、アメリカ、北欧だ。

日本や北欧諸国では、伝統的にシンプルな暮らしが良しとされてきた。

モノ溢れの時代になって、従来のシンプルでミニマルな暮らしを見直そうという人が増えている。

大量生産大量消費よりもミニマリズムの方が、元から自分たちの生活スタイルに合っていたのかもしれない。

アメリカの場合は、少し事情が異なる。

アメリカでは、シンプルな暮らしへの憧れと共に、大量生産大量消費の傾向に警鐘を促す形で、ミニマリズムが語られることが多い。

アメリカのミニマリストは現代社会に対し、より危機感を感じているかもしれない。

いずれにせよ、企業が物を生み出す限り、物の弊害を主張する人々はますます増えていくだろう。

 

時代によって、人々から必要とされる考え方は異なる。

言い換えれば、絶対的に正しい思想など存在しないし、思想は時代に応じて変化するということだ。

狩猟の時代にはアニミズム、農耕や戦争の時代にはキリスト教やイスラム教、モノ不足の時代には大量生産大量消費が適していた。

そして、今はモノ溢れの時代。

ミニマリズムは絶対的に正しい思想ではないが、モノ溢れの現代に適しているのはおそらくミニマリズムだ。

中国でも、インドでも、アフリカでも物質的に豊かになるにつれ、ミニマリズムは徐々に普及していくだろう。

時代背景から考えて、ミニマリズムは歴史上で最先端の思想とも言える。

私は歴史の最先端に立ち、この「ミニマリズム」という考え方とこれからも向き合っていきたい。

 

あとがき

お楽しみいただけましたでしょうか。

私が一番伝えたかったのは、時代によって人々から必要とされる考え方は異なるということです。

そして、今の時代に最も必要とされる考え方は「ミニマリズム」です。

なぜなら今後世界はもっと物質的に豊かになるから。

世界が物質的に豊かになるほど、同時に物の弊害に気づく人も増え、結果的にミニマリズムは多くの国や地域に浸透します。

やがて、ミニマリズムが人々の共通思想まで発展すると、ミニマリズムという言葉も過去の言葉になるでしょう。

その時には新たな思想が誕生しているかもしれません。

ミニマリズムのその先まで見てみたいものです。

おわり。

投稿日:2019年1月15日 更新日:

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